2017-11-26

二村ヒトシの作りかたー私たちの恋愛とSEXー「結」


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今回の名言:
つまんない男性にセックスを教えるほうがセックスが上手い悪い男に引っかかるより全然いいですよ。

 

遥「私の中の『結』の部分をお話したいんですけど、私が最終的にリリー・フランキーさんと対談したいと言ったのは、彼の眼差しが、いつも相手に対して恋してそうだからなんですね。完全にあなたのことが好きです、あなたのことが知りたいですっていう目で向き合うから凄いって思ったんですよ。それを勝手に『恋愛脳』と言っているんですが。普通、誰にでもそんな向き合い方はしないだろうと思うんです。多分リリーさんだったら小池百合子さんにすら恋愛脳で行くだろうなって思ったんですよ、でもそうすることによって彼の社会が上手くいってると思うんですね。」

 

二村「リリーさんが書いた文章とか、俳優としてのリリーさんは好きだけど、ご本人のことは知らないから、そのへんどうなのかよくわからない。」

 

遥「私も予想ですけど、そうやって接していくから上手く流れていっているような気がしたんです、そこが二村さんと共通している気がしたんです。常に恋愛脳であるっていう。ただ受け身だっていうのが意外でしたけど(笑)。積極的に見えていたので…。」

 

二村「イケイケっていうパブリックイメージにしておいたほうが色々ラクだからじゃないですか。警戒する人は、あらかじめ警戒してくれるだろうしさ。」

 

遥「なんとなく私のイメージは自分の目の前にいる人なんだから自分が恋愛するでしょっていう。」

 

二村「イタリア人なんだから口説かないとおかしいみたいな話?」

 

遥「そうそう、二村さんっていうのはそういう人なのかなって。」

 

二村「んふふふふ…、」

 

 

遥「あとはある種、恋愛脳である事によって、私もこう見えて人見知りなんですけど、自分の中の人見知り部分を補える。」

 

二村「人見知りっぷりを、積極的に『好きだよ』って言うことで補うっていう?」

 

遥「そうです、自分の事を好きって言ってくれる人を嫌だって思う人っていないわけじゃないですか。だから常に恋愛脳で目の前の人を好きっていう自己催眠かもしれないけど、そうする事によってコミュニケーションが上手くいくんじゃないかって思ったんです。それを二村さんやリリーさんは実践してらっしゃるように感じたんです。」

 

二村「ただ、あんまり人から嫌われないようにって思うのも疲れた。」

 

遥「好きじゃない人に好かれるって、さっき言ってましたね(笑)。」

 

二村「人には人の事情があるっていうふうには思うんだけど。話の通じない人のことは、もう少し、嫌いだってハッキリ言ったほうがいい気がしてきた。」

 

遥「私はそこまで痛い思いをしてないからだと思うんですけど、二村さん痛い思いしたのかしらって思ってたんですよ。」

 

二村「痛い思いっていうか、面倒くさいことが増えていきますよね、自分の好き嫌いを、世間体とも性欲とも一緒にゴチャゴチャにしてると。最初はうやむやだけど。」

 

 

遥「二村さんとセックスしたいって女の子がいっぱい寄ってくるじゃないですか。」

 

二村「そんなことは全然ないですね。」

 

遥「でも二村さんの著作を拝読して思ったのは、いわゆるメンヘラって凄いパワーじゃないですか。エネルギーも強いし。」

 

二村「メンヘラって呼びかたは僕今までさんざん使ってきたけど、その人のその時の状態を指してるというより、ずっと続く性質であるかのようなラベリングになっちゃうし、こっちを安全圏に置いた言いかたなので、っていう反省があって、なるべく今後は使わないようにしたいんだけど。自傷や人間関係の依存が、つらい状態に陥ってる人ね。女性とは限らない。どっからあの依存に費やすパワーが出てくるんだろうと考えると、ようするにヒマなんだよ。もちろん世の中で普通とされてる仕事ができない状態である場合が多いからヒマであり、ある特定の人との関係が濃くなってしまうんだけど。」

 

遥「別の方向性を見つけてあげればドーンっていくんじゃないかって思うんです。」

 

二村「そういう人もいますよ。依存先を分散させるのが、ひとつの改善手段。いろんな人と出会って話をするのがいい。」

 

遥「男を教育した方がいいっておっしゃってましたよね。」

 

二村「セックス依存の女性は、悪いヤリチンに引っかかってないで、セックスしてみたい童貞の男の子たちにセックスを教えてあげればいいんじゃないかと思ったりしたんだけども。」

 

 

遥「そこはどうかなって思ったんですよ私。やっぱりセンスなんですよ。」

 

二村「センスない人がセンスない人に教えても無駄ってこと? それはセックスを美化っていうか特権化しすぎでしょ。愛着障害ぎみの人にとって、やっぱり一人の異性、異性とは限らないけど、一人との関係だけが濃くなってしまうのがよくないから。」

 

遥「そこもうちょっとうまく表現したいですね、一人にすべてを依存してしまうから上手くいかないわけで、依存の分散みたいなものが必要でそれによって全部が上手くいくっていう考えですよね、という事は、あとは自分自身の問題っていう事ですよね。悪いなって思う気持ち、なんで悪いなって思うのって事になるわけですよね。」

 

二村「罪悪感でしょ? それは、依存させてしまう側、救ってあげたいなんて思ってしまうメサイア・コンプレックスの側も同じで、依存するほうもされるほうも両方、それぞれの親から刻みつけられている。」

 

遥「それは真咲さんの回の時も言ったんですけど、男性だから恋愛対象や性的対象は同性は無理っていうのも親に刻みつけられてる?」

 

二村「すべてにおいてそうでしょ。異性愛が正しいとか、“正しくて適切な一対一の男女関係、夫婦関係”だけが正しくて素晴らしいとされてしまうのは、すべての人間が一対一の男女から産まれるからですよ。人間は“つがい”として成功した男女か、もしくは失敗した男女からしか生まれない。今のところ男同士や女同士から生まれた子どもはいない。俺なんか自分は女だけから生まれた男ってつもりでいるけどね。つまり仲が冷えた関係の両親から圧迫されて育てられると、自分はああなってはいけないとか、自分は望まれて生まれた子ではないとか、心を痛めてしまう。夫婦としてうまくいってる両親に育てられても、自分はああなれるのかなと不安になる。どっちにせよ理想の基準が、愛のある男女のいつまでも幸せな夫婦っていう、いまの時代だとけっこう困難な関係が基準になってる。ゲイやレズビアンになる因子が生まれつきのものだとしたらさ、その因子を持った人が両親が男女だってのは、なかなかキツいでしょ。だからそれも“愛のある男女の夫婦”って物語を、世の中から押し付けられて無理やり信じさせられてるだけで、これから先、養子縁組が増えていって、ゲイやビアンのカップルや、集団での子育てが普通になれば変わるかもしれないけど、うまくそういう世の中になるかな。」

 

 

遥「レズビアンになった事によって病んでいく人も多いですよね。」

 

二村「親と違う人生を送ってしまうから。だからそこは同性愛者だけでなく、みんな本当に、大人になった時に適当に親から切り離されるしかない。影響は必ず受けるわけで切り離せないんだけど、親や経験からの影響を自覚して、自分のセクシャリティや発情の仕組みを知って、それが自分の人生の生きやすさになるようにしないと。」

 

遥「私の知り合いに小さい頃から親のセックスを見て育った人がいるんですよ。それが今の時代だったら良かったのかもしれないけど、早過ぎたんでしょうね、愛し合ってる者同士がそういう事をするのは当たり前だっていうのを、小さい時から見ているから、彼自身もそういう感覚なんですよ。だから誰に対しても『あなたの事好き=セックスしよ』ってなっちゃうんです。」

 

二村「それで、その人は他人に迷惑をかける人になってしまったの?」

 

遥「そうなんです。結局日本を離れざるを得ない状況になりますよね。」

 

二村「うーん、つらい生きかたを選ぶ人は、どんだけ恵まれていても、そこにとどまって、つらいままなわけだけど、その人は外国に自分の居場所を探しに行ったんだったら、いいんじゃないの?」

 

遥「そういう面では二村さんどうですか?」

 

二村「誰とでもセックスしたいって感覚はあったけど、今は無くなった。恨みも憎しみも無くなったからだと思う。」

 

遥「昔はあったんですか?」

 

二村「あったあった。母親のこと、死ねばいいって思ってました。そしたら死んじゃったね。願いは叶うなっていう感じですけど(笑)」

 

遥「それはどうかなぁ(笑)。」

 

 

二村「まあ、ふつうに生きてれば親って先に死ぬんですよ。あと、死んでからのほうが愛せますよ、親のことは。」

 

遥「私もそう思います、親も人間なんだなって理解するまでにずいぶんかかるもんだなって感じがしますね。もし自分が今の自分の親だったらどういうふうに育てたかったですか?」

 

二村「いや、そこは、今のこの僕になれてベストだったと思ってる。今まさに息子と関わってますけど、自分がされたかったような育て直しを無理にしようとしても、コントロールすることは絶対できませんよ。彼の人生だし。」

 

遥「なるほど(笑)。」

 

遥「二村さんの今後、自分の中で時と共に老化も認めざるをえない状況になってきてるじゃないですか、刻一刻と前のようにはいかない自分になっていくじゃないですか、それに関しては?」

 

二村「耳が遠くなったのが悲しいんだけど。でも若い頃より今のほうが自由ですけどね。若い時のほうが不自由だったというか、精神的には今のほうが全然いい。」

 

遥「どこらへんが?」

 

二村「人付き合い。とくに男女関係(笑)。」

 

遥「それは著作として表現したわけだから元を取ったっていう(笑)。」

 

二村「ていうか、学んだ。」

 

遥「それは終わったって事でしょ? それが終わったのが自由?」

 

二村「そう。」

 

 

遥「ある種メンヘラが好きだったんですよね。」

 

二村「大好きでしたね。」

 

遥「自由になったっていうのはメンヘラから解放されただけですか?」

 

二村「まあ僕もさんざん言ってたんだけど、メンヘラって言いかたやめましょう。それ以外は、さっきも言ったけど仕事が受け身になった。受け身でも、ちゃんと舵をとれれば大丈夫って自覚できるようになった。」

 

遥「受け身であるっていうのは男女どちらともにいえます? 受け身のほうが上手くいくってアドバイスをするとしたら。」

 

二村「いや、男性でしょ。女性は自然と受け身になっちゃう人が多いから、そういう人は自分には意志があるって思ったほうがいいんじゃないですか。」

 

遥「そうすると都知事みたいになっちゃいますよ。」

 

二村「あれは支配欲だよね。ああならないように仕事においてはセレンディピティを女性も発揮するのがいい。専業主婦は内向しがちだから、あんまりよくない。」

 

 

遥「専業主婦を目指して婚活してるメンヘラちゃんがたくさんいますよ。」

 

二村「これからの世の中、専業主婦だと発狂しますよ。専業主婦になりたい人って何が欲しいんだろ?」

 

遥「社会的保証でしょ?」

 

二村「そうか、だから愛人じゃダメなのか(笑)。」

 

遥「そうですね、婚活やってる人って30代が多いじゃないですか、やっぱり自分の仕事は続けていきたい、でも社会的に自分に何かあった時に支えてもらえるパートナーが欲しいって事じゃないですか。」

 

二村「それはそうでしょう。だから結婚もダブルワークも生存戦略ですよ。専業主婦になりたい人ってセックスは好きなのかな?」

 

遥「よく言うじゃないですか、『私あんまりセックスに興味ないんですよね』って。私そんな女が世の中にいるんだって思っちゃうんですよ。」

 

二村「いると思いますよ。そういう人はセックスで自分の体を確かめる必要がない、幸せな人なんですよ。中には強がりで言ってる人もいるだろうけど。」

 

遥「どうやったら興味がなくなるのか本当に知りたいなって思うんですよ。」

 

二村「次回のゲストはセックスに興味ない人を呼べばいいんじゃないですか。だって話してみないと永遠に分からないよ。美人の単体AV女優には、いっぱいいると思いますよ。」

 

遥「でもアダルトのお仕事している人と、結婚する前からそういう職業だって分かっててそれを受け入れて結婚する人と、結婚してからそうなる人とは全然状況が違うと思うので…。」

 

二村「えー、どうだろう…。」

 

 

遥「男であれ女であれ、自分が好きな人が他の人とセックスをしているっていうのを面白いって感じる人なんて一人もいないわけじゃないですか。」

 

二村「自分が侮辱されてるように感じるわけですよね。そこは尊重しないといけないね。さっき言った、結婚とセックスと恋は別のものだっていうのが常識に、世の中の常識として、あと30年ぐらいしたらならないかな。」

 

遥「侮辱と思わない為にどうしたらいいか。セックスという行為自体が特別視されている。」

 

二村「特別視しちゃうよね、人間の心の根幹だもんね、セクシャリティとエロスは。でもセクシャリティもエロスもセックス以外の場所にある人もいっぱいいるわけで。普通のセックスだけがまともなわけじゃない。それをまともだと決めて、利用したのが資本主義とかキリスト教でしょ。」

 

遥「キリスト教の中にもそういう儀式はありますよ。」

 

二村「結婚は元々貴族の、家と家を結びつけるためのもので、結婚と恋愛は関係なかった。むしろ情熱的な恋愛は結婚の外でするものだった。でも産業革命以降、奴隷がサラリーマンっていうか工場労働者になって、すべてのサラリーマンに栄養とセックスを与えなきゃいけなくなった。奴隷もサラリーマンも資本家の所有物ですから。資本家のために次世代の奴隷を生むコストを奴隷本人に負担してもらってるのが、これまでの一夫一婦制です。」

 

遥「斜め読みですね(笑)。」

 

 

二村「一般庶民が、いわゆる恋愛結婚をするようになったのって人類の歴史においてはごく最近の話でしょ。」

 

遥「一番平和的解決と思える恋愛と平和的解決と思えるセックスは?」

 

二村「適正な距離。あと、女は相手のためのオーガズムの演技をしない。男はペニスや指だけじゃなく全身を使って愛しあう。」

 

遥「オーガズムには色々あります。」

 

二村「そうですよね、セックスばかりだとも限らない。みんなセックスでも恋愛でも揉めすぎでしょ。」

 

遥「なんで揉めるんでしょう?」

 

二村「気持ち良くないからでしょ。チンコをマンコに挿れてる人が、自分のエロスに関わるセックスそのものをしてないからでしょ。セックスや愛を人質にして、セックスでの支配欲を恋愛関係でもやっちゃうから。」

 

 

遥「外国人が日本人はオナニーが下手だって話していて、アメリカの人なんですけど。アメリカ人はオナニーをする為に自分のテンションを上げてムードを作って全部用意周到にして、さぁ!ってやるのに、日本人は道具に依存しすぎるって。道具を挿れさえすれば気持ちよくなると信じている。気持ちよくないと道具がダメだと言うと。」

 

二村「外国では……って一般論は怪しい気もするんだけど、まあ、多くの人が自分と向かい合ってないってことですかね。僕、AVを擁護する意味で、男性が自分のフェチを知る、男が自分の性癖を知ってるのはAVの棚の前で小一時間悩むからだ、AVによって自分が何が大切なのか知ることもできるはずだとも思うんだけど、そのAVが女の存在を男にとって都合よくモノ化してもいて、それで男が自分の身体や他者の存在と向かえ合えなくなってもいる。まあ、とにかくAVは進むところまで進みすぎたよね。市場に商品の量が、あと女優さんの数も多すぎる。今の十分の一くらいが適正じゃないの?」

 

遥「道具と自分のお惣菜に依存してるからつまんないって言われるわけでしょ?」

 

二村「男にとっては、手よりもオナホールのほうがいいよ。手だと強く握りすぎるから。」

 

遥「ご存知でした? TENGAが18禁を取ろうとしてる動き。」

 

二村「そうなんだ。それが取れれば学校に配れて、福祉にも使えるってことなのかな。」

 

遥「それで少しでも良いセックスに結びつけばいいですよね。」

 

二村「床オナに慣れて、それでしかイケなくなるとセックスで射精できなくなりますからね。ゆるやかなオナホがいいよ。」

 

遥「自分自身ともっと向き合ってやることが平和的セックス。」

 

二村「女はオナニーで自分自身と向き合ったほうがいいけど、男は、あんまり自分のファンタジーに没入しすぎないほうが心の健康にいいんじゃないですか。他者のいるエロス、AVだとレズね、みんなレズのAVを観たほうがいいよ。」

 

遥「男女じゃなくて。」

 

二村「がんばりすぎてないダラダラしたレズを。こういうこと言うと今度は男優から嫌われるんだけど、男女の本番セックスのAV、なくなっちゃっても全然いいと思うんだけどね。すべてのAVの、6割ぐらいがレズAVになって、あとの4割がイメージビデオやフェチビデオでいいような気がするんだけどね俺は。でも、まあ今のとこ無理だね。」

 

遥「主観ものが増えてからなんかおかしな空気になりましたよね。」

 

二村「それは僕も15年くらい、がんばっちゃって主観AVを進化させてきた責任があるので、これは懺悔ですけどね。21世紀になってからの、ようはソフトオンデマンド以降、僕なんかが監督するようになって以降のAVは、抜きやすすぎる。オナニーする人の脳から他人のセックスへの感情移入の能力を奪ってしまう。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』って小説、読んだ? 『ブレードランナー』の原作です。映画ではレプリカントっていうけど、アンドロイドには心がない、感情移入能力がないって差別されて、どんどん殺されるんだけど、その心がないアンドロイドのほうが人間を感動させる芸術性を発揮したりするんだよね。」

 

 

二村「他人のセックスを見せられると嫉妬しちゃって興奮できないって感性はアンドロイド的なのか、むしろ人間的なのか。そもそも江戸時代くらいまで、もっと最近までか、田舎では村祭りの夜とか、みんな興奮してセックスしまくって、夜這いとかもあって、それで性的に魅力がない人でも子供を作れていたわけですよ。浮世絵って芸術じゃなくてテレビみたいなものだったっていうから春画ってまさにAVで、つまり都会にはポルノもあったんだけど。昔の田舎は村祭りの夜にワ〜ってみんなセックスするから、他人のセックス見て巻き込まれて興奮して自分もするっていうのが、人間に与えられた能力であり権利だった。父親が誰だか分からない、自分の子供かどうか裏付けなくても育てていたのかな。感情移入能力が現代人より高かったのか、単にそういう制度だったからか。」

 

遥「血の繋がりっていうのに重要性を感じてない時代もあったんですよね。」

 

二村「貴族は血統が重要だけど、貧乏人は自分が生きていくのに精一杯。みんなが愛されたがる未来になると、いつの時代でも人間は差別の対象を、見下せる者を必要とするから、人間社会に隠れて暮らしてる愛のないアンドロイドを見つけだして、ぶち殺すブレードランナーって職業が生まれるわけ。ところが主人公は自分が人間なのかアンドロイドなのかだんだんわからなくなってくる。感情移入する能力がないはずのアンドロイドに命を救われたりする。だからさ、今の若者のセックスや恋愛は不自然でおかしい、とか言ってる我々老人が、じつは人間じゃなくてアンドロイドなのかもしれないわけ。政治の話だと『朝鮮人は出ていけ』とか言ってるキモいネトウヨが、じつは自分も韓国・朝鮮の血を引いてるって気づいてショックみたいな。ネトウヨもリベラルも、表現規制反対派も賛成派も、AVが好きな人もAVを憎んでる人も、自分が所属してる社会を世界だと思ってて、自分の感情を正義だと思ってるでしょ。そういう対話のない人たちは、どっちの派閥の人も色気がなくてエロくないでしょ。ていうようなことが今度の宮台真司さんとの対談の本(『どうすれば愛しあえるの 幸せな性愛のヒント』KKベストセラーズ)に書いてありますんで。」

 

 

遥「宮台さんはクセモノっていうイメージしか無い(笑)。」

 

二村「話すと、すごくいい人だよ。めちゃめちゃ頭いいけど、それだけじゃなくて、俺と似てるところがいっぱいある人なんだなって今回一緒に本を作らせてもらってわかった。あと最初の話に繋がるんですけど、宮台さんて僕と違うのは、人から嫌われることを恐れない、誤解されることも恐れてないから、だからカリスマなんだろうけど、ちょっと気持ち悪いって思います?」

 

遥「いやいや、フツーに話しかけても斜め読みされそうなクセモノって思ってます。」

 

二村「そう思われるところがカリスマだってことなのかな。」

 

遥「私は逆に宮台さんに嫌われたいです(笑)。」

 

二村「さっき遥さん言ってた『二村さんの本はもっと読まれるべき』っていうのはさ、カリスマになれば、ってこと? でも僕やっぱり嫌われたくないんだよ(笑)。僕、嫌われる勇気を得られると思います?」

 

遥「なんとも思ってないふうに見えます。エゴサーチするようには見えないし、自分のやりたい事やってるだけなんだよって周りからは見えます。」

 

二村「僕のセコいところ、功利主義なところは、バレてるんじゃない? 傍若無人な自分勝手な男だとは思われてますよね。」

 

遥「唯我独尊っていう感じです。」

 

二村「それに矛盾が無ければいいの?」

 

遥「だから逆に受け身っていうのが意外だったのと、こんなに守りが堅いとは思わなかったので、色々と私の予定が狂いました(笑)。」

 

二村「どうしたらいいんですかね、パブリックイメージに近づいて、もっと勝手にふるまったほうがいいですか。」

 

遥「逆にギャップがあって私は面白いと思ったんですけど。メンヘラから解放されたっていうのも面白かったし、自分からメンヘラに突っ込んでいったように見えたので。」

 

二村「この対談、これで終わって、まとまりますか?」

 

遥「最後は恋愛です、これから世代を担っていく人たちにこんな恋愛がいいよっていうのはあります?」

 

二村「愛に生きろ。共依存も支配もやめろ。」

 

遥「でも今の子たちは、恋愛を面倒くさいって言っちゃうじゃないですか。」

 

二村「くだらない女とセックスしたがる男とか、くだらない男に恋しちゃう女とか、恋愛をしなきゃとか結婚しないとダメだとかいう思想に縛られてる世代よりも、今のセックスしない若い人のほうがよっぽど健康だと思いますよ。恋愛関係も結婚もセックスも、しなきゃいけないものじゃなくて、これからは趣味ですよ。でも、もし悩んでるんだったら、したほうがいいけどね、もちろんエロいエロいセックスを。あと、この人に恋しちゃったみたいな自分の感情は人生のある時突然、襲いかかってくるからね。恋の仕方がわからないとか心配してなくとも大丈夫。」

 

遥「不思議な事に震災が起きると余計そういう気持ちになるんですよね。」

 

二村「そりゃ寂しいからでしょ? 死を身近に感じて、孤独死したくないからでしょ。でも恋愛しなきゃって思うより、まず友達を作ったほうがいいよ。フェイスブックで100人とか1000人とか友達を増やすんじゃなくて、対話ができる友達が5~6人いて、その中で暖かいセックスができる相手とセックスして、子ども出来ちゃったら結婚するっていうのでもいいんじゃないですか。そしたら、とくに恋愛は必要ないね。」

 

遥「なるほど(笑)。」

 

 

二村「カメラマンさん、写真撮りながらさっきからずっと笑ってるけど(笑)、おいくつですか?」

 

カメラマン「僕は30歳です。」

 

二村「今日の僕の話、どう思いました?」

 

カメラマン「共感できるところもあったんで…(笑)。男だからっていうのもあると思うんですけど、そうだよなぁ…って思う所が結構多かったです。」

 

遥「前回の真咲さんの回とは全然違う結論になりました(笑)。」

 

カメラマン「本能というよりも凄い頭で考えてらっしゃるんだなぁって。」

 

二村「最後は本能が勝ちますよ(笑)。僕の言ってることは理屈だから。そこは間引いて考えないと。」

 

カメラマン「頭で考えて言葉にするとこうなるって事ですよね。自分とは…って時に、これはこうって説明してくれたんで実はそうだったんだみたいな。」

 

遥「本当に二村さんの本はもっと売れるべきだと思うんですよ。」

 

カメラマン「説明が分かりやすかったです。」

 

二村「ありがとう。」

 

遥「そのためにももっとメディアに出た方がいいんじゃないかと思ったんですよね。」

 

二村「サンジャポでもミヤネ屋でも、お声がかかれば出ますよ。受け身ですから。」

 

遥「本当ですか、朝からですけど…(笑)。」

 

二村「出られるわけないじゃないですか。ネット上で僕のチンコ出してる映像いくらでも見れちゃうんで、テレビに出て偉そうなこと言うのは変でしょう。」

 

遥「射手座は来年の10月中頃までは12年に一度の最高期ですよ。」

 

二村「そうですか。じゃあ来年は、もうちょっとまじめにやります。もっとチンコも出すし本も書きます。」

 


なんと最後は読み応えたっぷりの回となりました。
これらはぜひ、ご自身のタイミングで何度でも、何度でも読み返していただきたいなと思います。
実はとっても大切なことを言っていると思うのです。
いまは響かなかったとしても、後になってジワジワくると思うのです。

確かに今の20代世代や30代世代は明らかに、それ以上の私たちとは感覚も、物事の捉え方も違いますが、それって、どうして違うのだろうと考えたことがありますか?

もしかしたら…
本当に歩み寄らなくてはいけないのは、私たちなのかもしれないなと感じた回でした。


さて!次回のゲストをご指名いただきました!
実はこれも二転三転したんです!
ひゃー。ヒヤヒヤものでした。間に合わないのではないかと(笑)。

お待たせしました!
次回12月のマンスリーゲストは極悪非道?!女の敵?!それともマザコンなの?!の疑惑が尽きない、
AVメーカー ベイビーエンターテイメント(※リンク先18禁)の大ヒットシリーズ「女体拷問研究所」の監督、koolongさんです!
これまで顔すら露出することが殆どなかった監督を、とうとう引っ張り出します!

彼の中の女性陵辱の真髄とはなんなのかー
彼のプライベートはいったい?!
などなど、遠慮なしに突っ込んでみたいと思います。
AV監督シリーズはこれが最後となるようです!どうぞお楽しみに!!

 

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今回のゲスト:AV監督・作家 二村ヒトシ(にむら ひとし)さん

1964年11月27日 東京都生まれ 知的好奇心が止められない射手座。

慶応義塾大学在学中、演劇の演出家や声優を志すもAV男優になる。

その後AV監督となり、この世に痴女ブームを巻き起こした張本人でもある。

女性の騎乗位と男性の乳首について専門に研究中。男のアナル、女装子についても。

ソフトオンデマンド顧問、美少年出版社主宰、MotheRs主宰。

恋愛やセックス独特のモヤモヤを多方面から切り崩し分析した著作多数。

二村ヒトシwiki
二村ヒトシTwitter
二村ヒトシ著作一覧
二村ヒトシ関連作品一覧(リンク先はR18)

 

 

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